今日は、チェタナが、愛する屋久島での生活をしばし離れて、

7月から滞在している、バリ島の生活から感じた

「美しさ」について。

特に、「全てを包み込む美しさ」について

お伝えしたいと、思いました!

 

まず、みなさん、「美しい」「美」と聞くと、

何が思い浮かびますか?

美しい女性・・・ 美しい自然・・・

色々ありますね。


チェタナは、

日本という文化は、世界でも「美」への理解が

トップレベルだと、感じます。

着物や、俳句や、茶道や、料理や、建築、武道、ありとあるところに

華やかだけではない、繊細で深みある、美の派動を

極めてきた、文化。

 

そんな日本を離れて、着いたバリは、これまた、美に溢れる島です。

伝統建築・神像の彫刻や神殿、宗教儀式、

音楽や舞踊、人々の仕草や振る舞い、庭園・・・

隅々に、美しさが満ちています・・


そんな土地には、美を愛する人々が集まり

インスピレーション溢れる

クリエイションを、繰り広げています。


こと、 私の住む街は、世界中から来たアーティストの結集地。

自然のジャングルの中の街でありながら、

カフェ1つとっても、麻布なみにオシャレで

歩いてる人びとも、モデルみたいなのだらけ。

私が住んでいるお家も、著名な画家の運営するヴィラです。

デザインやアートや表現に関わる人の比率が、

マンハッタン並みに高いと推察されます。


大自然が、究極に美しい屋久島から、

人が創り出す美しさという、また違った世界に、飛び込み

最初は、圧倒されたチェタナでしたが

 

形が美しいものに囲まれすぎると笑

美自身への考察が、深まるもの。

形の美しさにこだわりすぎることで、

同時に「ジャッジする」目やマインドが育っていくことは、

果たして、美しいことなのだろうか? という疑問。


光と闇を統合する、タントラの世界観からは、

美しい ということは

「いわゆる、美しいもの」という定義を超えるもの。

「美醜」の境目をも、超えるものです。


醜い。

受け入れがたい。

そう見えてしまう姿形の 

その裏にある、美しさとは、何か。


そして、

認めたくない。

拒否したい。

そう感じてしまう出来事や、心の有り様の 

その裏にある、美しさとは、何か。


例えば、聖なる幾何学のように、

「美の派動」を発するものは、癒しの力を、持っています。


私たち一人一人が、「美しさ」を体現することで

その癒しの波動は、波紋のように、世界に広がり

世界が癒えていく。


その奥に、「醜い」と感じるものを

ジャッジすることなく

「ありとあるものにある美しさを感じる心」があるならば。


その波動は、さらに、美醜の境目を超えて、遠くとおくへ

伝わっていくことができる、そんな気がしています。


みなさんも、今日、機会があれば

自分にとっての「美しい」って、なんだろう

って、想いを馳せて、見てくださいね。